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●寺山食堂 |
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修司の父、八郎の実家。三沢駅前の交差点が寺山食堂の跡地。地域の整備にともない建物は撤去され道路となっている。青森空襲で焼け出された修司と母はつがこの二階で間借り生活を始めた。 |
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●寺山修司の自宅 |
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寺山食堂二階の間借り生活からまもなく、修司と母はつは新町に住まいを移した。 |
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●上野時計店跡 |
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三沢駅が古間木駅だった当時、時計と楽器を扱う店だった。修司はここでよく寺山館長とレコードを聞いていた。 店頭には現在見かけることのない「ビクターの犬」が置かれていたが、修司はそのビクターの犬がいたく気に入り、それに似た近所の犬を可愛がっていたという。 |
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●墓地 |
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修司は墓地へ足を踏み入れることさえ嫌がるほど臆病で怖がりだった。そんな修司を、いたずらっ子たちはわざと墓地に誘い、かくれんぼをして遊んでいたという。 「墓地」と「かくれんぼ」という組み合わせは、寺山の代表的な映画作品『田園に死す』では効果的に用いられ、欠かせない名場面となっている。 |
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●古間木小中学校跡地 |
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修司が寺山館長と通った小中学校。現在は縫製工場になっている。 ただし地図に表記されているこの建物は、修司が三沢を離れた後に新しく建てられた校舎を工場として再利用したものであり、当時はこの建物の西側にあった。校庭はほぼ現在のままと思われる。 |
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●不動神社 |
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当時の子供たちの遊び場。 修司と寺山館長もここでよく遊んだ。地域の祭事の中心として栄えたが、現在は訪れる人も少なくひっそりとたたずみ、敷地内の巨木と社へと続く石段が当時の様子を伝えている。 |
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